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高知地方裁判所 昭和58年(ワ)72号 判決

原告

森知義雄

右訴訟代理人弁護士

山原和生

被告

大成火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

佐藤文夫

被告

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

渡辺勇

被告

興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

阿南英臣

右被告ら訴訟代理人弁護士

赤松和彦

右訴訟復代理人弁護士

岡義博

森川廉

石川雅康

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告大成火災海上保険株式会社は原告に対し、二〇二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年三月一九日から支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告富士火災海上保険株式会社は原告に対し、一〇一万二五〇〇円及びこれに対する昭和五八年三月一九日から支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

3  被告興亜火災海上保険株式会社は原告に対し、一〇一万二五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年三月一九日から支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第1ないし第3項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

主文同旨の判決を求める。

第二  主張

一  請求原因

1  被告らはいずれも損害保険事業を目的とする会社である。

2(一)  原告は、昭和五六年一〇月一二日、被告大成火災海上保険株式会社(以下「被告大成火災」という)との間で交通事故傷害保険契約(以下「本件保険契約(一)」という)を締結し、その効力は同日発生したが、右契約では、原告が交通事故により傷害を受けて入通院した場合、入院一日につき入院保険金一万五〇〇〇円が一八〇日分を限度として、通院一日につき通院保険金一万円が九〇日分を限度として、それぞれ原告に支払われることとなつている。

(二)  原告は、昭和五六年一〇月二二日、被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という)との間で積立ファミリー交通傷害保険契約(以下「本件保険契約(二)」という)を締結し、その効力は同日発生したが、右契約では原告が交通事故等により傷害を受けて入通院した場合、入院一日につき入院保険金七五〇〇円が一八〇日分を限度として、通院一日につき通院保険金五〇〇〇円が九〇日分を限度としてそれぞれ原告に支払われることとなつている。

(三)  原告は、昭和五六年七月二六日、被告興亜火災海上保険株式会社(以下「被告興亜火災」という)との間で、自動車保険契約(以下「本件保険契約(三)」という)を締結し、その効力は同日発生したが、右契約では、原告が交通事故により傷害を受けて入通院した場合、入院一日につき入院保険金七五〇〇円が一八〇日分を限度として、通院一日につき通院保険金五〇〇〇円が九〇日分を限度としてそれぞれ原告に支払われることとなつている。

3  原告は、昭和五七年一月二八日午後八時三〇分ころ、高知県南国市東崎一四一一番地先路上において、普通乗用自動車を運転中、路外から左右方向注視義務違反のまま進行してきた溝渕信彦運転の普通乗用自動車と出合い頭に衝突し、これにより外傷性頸椎症、胸部打撲症の傷害を負い、同月三〇日から同年二月二日まで四日間通院治療を、同月三日から同年四月三〇日まで八七日間入院治療を、同年五月一日から同年七月七日まで六八日間通院治療を、いずれも伊藤整形外科医院において受けた。

4  よつて、原告は、被告大成火災に対し、入院保険金一三〇万五〇〇〇円及び通院保険金七二万円の合計二〇二万五〇〇〇円並びにこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五八年三月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員の、被告富士火災及び同興亜火災に対し、それぞれ、入院保険金六五万二五〇〇円及び通院保険金三六万円の合計一〇一万二五〇〇円並びにこれに対する各訴状送達の日の翌日である昭和五八年三月一九日から各支払済みまで年六分の割合による金員の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実については、その主張の日時場所において原告運転自動車と溝渕信彦運転自動車とが衝突したことは認めるが、その余の事実は知らない。右事故は、衝突時の衝撃は殆どないもので、これにより原告主張の外傷性頸椎症等の傷害が生じたとは考えられず、仮に右傷害が存在したとしても、原告は、昭和五二年一〇月三日と昭和五五年一二月二六日の二回交通事故の経歴を有し、前回事故では昭和五六年一〇月一三日を症状固定として後遺障害(自動車損害賠償責任保険第一四級一〇号)の認定を受け、その後三か月半で本件事故発生に至つたものであるところ、右後遺障害は頭痛、耳なり、目まい、頸部強直等の諸症状であり、本件における外傷性頸椎症の症状と共通するものであるから、右傷害は前回事故による後遺障害に基づく残存症状ということができ、本件事故と原告の入通院は因果関係がない。

三  抗弁

1  錯誤

原告は、本件各保険契約のほか日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という)との間の生命保険、共栄火災海上保険株式会社(以下「共栄火災」という)との間の交通事故傷害保険に各加入しており、その各保険契約によると保険金の入院日額が合計五万五〇〇〇円、通院日額が合計二万五〇〇〇円となるところ、被告らはいずれも右事情を知らず、他に同種の身体の傷害を担保するなどの保険契約がないものと信じて本件各保険契約を締結したものである。

ところで、被告らは、その内規に、傷害保険契約を無差別に多数重複して契約するときは契約者において傷害事故を故意に惹起したり、何ら傷害を負つていないのに傷害を被つたとして入通院をしたりするいわゆるモラルリスク(道徳的危険)をひき起こす危険性があることに鑑み、各社の保険引受限度を合計して入院日額一万五〇〇〇円、通院日額一万円とする旨定めており、右限度額を超えるときは保険契約を締結しないことにしているのであるが、原告は過去に交通事故についての保険金支払に関する示談を職業としていた者で保険契約に対する知識を十分に有し、右限度額の存在を知つていたものである。

そこで、原告と被告らとの本件各保険契約は、いずれも被告らの錯誤に基づくもので、かつ、右錯誤は要素の錯誤というべきであるからいずれも無効である。

2  詐欺

(一) 原告は、本件各保険契約の締結に際し、契約後近い将来軽微な交通事故にでも遭つた場合、負傷しなくても入通院して入通院保険金の支払を受ける目的で、その目的を秘し、過去の保険金受領歴、契約時における藤原病院において治療中の事実、前事故による後遺症の存在、他の保険契約締結の事実をことさら被告らに告知せず、被告らをしていずれもこれらの事実が存在しないものと誤信させて、本件各保険契約の申込に承諾させたもので、本件各保険契約は原告の詐欺による契約ということができる。

(二) しかるところ、原告と被告らとの本件各保険契約には、いずれも、保険契約者が詐欺をなしたときは保険契約は無効とする旨の約定があるので、本件各保険契約は無効である。

(三) 仮に無効でないとすれば、被告らは昭和六一年五月二一日本件第一一回口頭弁論期日において陳述の準備書面において、原告の右詐欺を理由に本件各保険契約をいずれも取消す旨の意思表示をした。

3  公序良俗違反

仮に、原告の本件各保険契約の締結が詐欺によるものでないとしても、原告は、これらを、専ら入通院給付金受領目的で、即ち、契約後近い将来軽微な交通事故にでも遭つたなら負傷がなくても入通院して、入通院保険金の支払を請求することを目的としてなしたものであり、著しく信義誠実の原則に反し、反社会的契約であり、公序良俗に反するものであるから、本件各保険契約はいずれも民法第九〇条により無効である。

4  告知義務違反による解除

(一) 原告と被告らとの本件各保険契約にはいずれも、過去の保険事故歴、保険金受領歴、現病歴、他の保険契約締結の事実等を告知すべきこと、保険契約者又はその代理人が故意又は重大な過失によつて右事項を告げなかつたときは保険契約を解除することができること、本解除が傷害の生じた後になされた場合でも保険金の支払をしないことの各定めがあるところ、原告は、昭和五二年一〇月六日から昭和五六年一〇月ころまでの間毎年入通院し、毎年五〇〇万円程度の保険金を受領しており、同月一三日を症状固定とする後遺障害の認定を受けており、同年七月二六日被告興亜火災と本件保険契約(三)を、同年一〇月一二日被告大成火災と本件保険契約(一)を、同月二二日被告富士火災と本件保険契約(二)を各締結したのであるが、本件各契約において、右の過去の保険事故歴、保険金受領歴、現病歴及び各契約時に存在した他の保険契約の存在を告知しなかつた。

(二) そこで、被告大成火災及び同富士火災は昭和五七年五月一九日原告に到達の書面で、右他の保険契約の告知義務違反を理由に本件保険契約(一)及び(二)をそれぞれ解除する旨の意思表示をした。

(三) 被告らは(被告大成火災及び同富士火災は右のとおり既に解除の意思表示をしたが、ここに重ねて)、右(一)の告知義務違反を理由として、昭和六一年五月二一日第一一回口頭弁論において陳述の準備書面により本件各保険契約を解除する旨の意思表示をした。

5  通知義務違反による解除

(一) 原告と被告らとの本件各保険契約にはいずれも、契約後保険契約者が他の同種保険契約を締結するときは、その以前に契約した保険会社に契約内容を通知し、保険証券に裏書承認を得なければならない旨の定めがあるところ、原告は被告興亜火災との間で昭和五六年七月二六日本件保険契約(三)を締結し、その後、同年一〇月一二日被告大成火災との間で本件保険契約(一)を、その後同月二二日被告富士火災との間で本件保険契約(二)を、その後同月二八日共栄火災海上保険株式会社との間で交通事故傷害保険契約を各締結しながら、その各締結前の保険会社である被告らに何ら通知しなかつた。

(二) そこで、被告らは、昭和六一年五月二一日第一一回口頭弁論において陳述の準備書面で、本件各保険契約を解除する旨の意思表示をした。

6  免責(他覚的所見不存在)

原告と被告らとの本件各保険契約にはいずれも、頸部症候群(いわゆるむち打ち症)で他覚症状のないものには保険金の支払をしない旨の定めがあるところ、原告の本件症状は頸部の何ら医学的他覚的所見を伴なわない愁訴のみによるものであるから、被告らはいずれも保険金支払義務はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。被告ら主張の錯誤は動機の錯誤にすぎず、被告らが入院日額合計が一万五〇〇〇円を超える契約をしない旨が原告に表示されていたものではない。

2  抗弁2の事実については本件各保険契約の締結は認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4(一)  同4(一)の事実のうち、本件保険契約(一)ないし(三)をその主張のとおり締結したこと、保険金受領歴、他の保険契約の存否について告知をしなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は本件各保険契約の過去三年間に傷害保険金は受領していないし(第一火災海上保険相互会社との間でマルマル傷害・保障型・交通傷害保険契約による保険金受領があるが、これが傷害保険に該当するとしても、その旨原告は認識していなかつた)、被告大成火災の関係ではその締結時他の同種保険契約は存在しなかつた(生命保険や自家用自動車保険は同種保険に該当しない)。被告富士火災の関係ではその代理人が告知事項について原告に全く尋ねなかつたため、原告は告知の必要を知らなかつた。

(二)  同4(二)及び(三)は認める。

5  同5の事実のうち、原告が被告ら主張の各通知をしなかつたこと、被告らが解除の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告興亜火災との関係では、契約車について他の保険契約を締結するとき通知義務が問題となるのであつて、傷害保険の締結について通知義務はない。その余の被告らとの関係では原告は通知義務の存在を知らなかつたのであり、一般人の保険知識からすれば無理からぬことである。

6  同6の事実は否認する。

被告富士火災及び同興亜火災との関係では、その主張の免責の約定はない。原告の傷害については他覚的所見が存在する。

五  再抗弁

被告らの本件各保険契約締結が錯誤に当るとしても、被告大成火災及び同富士火災の代理人である損害保険代理店は、他の同種保険契約について、その存在を疑いながら、その有無を原告に尋ねなかつたのであるから、右被告らには右締結について重大な過失がある。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件各保険契約の成立等

請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二錯誤

1  〈証拠〉によれば、原告は、昭和五六年七月より前、既に日本生命と生命保険契約を締結しており、右契約にはいわゆる傷害特約により、入院時一日当り一万五〇〇〇円の保険金を支払う旨の約定があることを認めることができ、その後、同年七月二六日本件保険契約(三)を、同年一〇月一二日本件保険契約(一)を、同月二二日本件保険契約(二)を各締結したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、同月二八日共栄火災との間で交通事故傷害保険を締結し、これによれば、入院時一日当り一万円、通院時一日当り五〇〇〇円の保険金を支払う旨の約定があることを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

これらによれば、入院保険金の日額は合計五万五〇〇〇円、通院保険金の日額は合計二万五〇〇〇円となる。

ところで、〈証拠〉によれば、保険会社は、傷害保険契約を多数重複して契約するときは保険契約者において傷害事故を故意に惹起したり、何ら傷害を負つていないのに傷害を装つて入通院することがありうることから、他の同種保険契約によるものを他の保険会社のものも合計して、保険引受限度額を定め、これを超える保険金を内容とする保険契約を締結しないこととしていることを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

そこで、本件各保険契約について個別に検討するが、右保険引受限度額は保険契約を締結する時点において考慮されるものであるから、右限度を超えるか否かの点は、各保険契約締結の時を基準に検討することとなる。

2  まず、被告興亜火災との本件保険契約(三)についてみるに、前記認定の事実によれば、原告は日本生命と生命保険契約を締結しており、これには傷害による入院時一日当り一万五〇〇〇円の保険金を支払うとの約定が存在していたから、本件保険契約(三)による入院保険金を併せれば、入院保険金の日額が合計二万二五〇〇円となるのであるが、〈証拠〉によれば、被告興亜火災に保険引受限度を定める内規があることを認めることができるものの、その内規の具体的内容を明らかにする証拠はなく、右入院保険金の日額が他社の生命保険による入院保険金の額を含めて二万二五〇〇円となつた場合、その内規に抵触することになるとまでは認めることはできず、従つて、原告が右日本生命と生命保険契約を締結していることが判明していたとしても、被告興亜火災が本件保険契約(三)の締結をしなかつたとは認めることができないから、同被告の本件保険契約(三)の締結が錯誤に基づくとまでは認めるに足りない。

従つて、被告興亜火災の錯誤の主張は採用できない。

3  次に、被告大成火災との本件保険契約(一)についてみるに、前記のとおり、その契約時、原告は日本生命との生命保険契約及び本件保険契約(三)を締結しており、これにより入院保険金日額の合計が二万五〇〇〇円、通院保険金日額が五〇〇〇円(本件保険契約(三)のみ)となり、本件保険契約(一)を併せると、入院保険金日額は合計三万七五〇〇円、通院保険金日額は一万五〇〇〇円となるところ、〈証拠〉によれば、被告大成火災はその内規に、保険引受限度額を定め、本件保険契約(一)が該当する交通事故傷害保険については入院保険金日額を一万五〇〇〇円、通院保険金日額を一万円、(但し、入院保険金日額の三分の二)と、また、全種目通算して入院保険金日額を二万円、通院保険金日額を入院保険金日額の三分の二とし、その日額については自社分のほか他社分も加えたものとする旨規定していることを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はないが、これによれば、本件保険契約(一)は右限度額を超えて締結されたということができる。〈証拠〉によれば、右限度額の定めは絶対的なものではないとの供述部分もあるが、原告本人尋問の結果(第一、第二回)によつても、右制限を超えて例外的な扱いをする事情が原告にあつたとは言えないところであり、以上によれば、被告大成火災は、原告が既に右日本生命及び被告興亜火災の保険契約に加入していることを知れば、本件保険契約(一)を締結しなかつたか、少なくとも同条件では保険契約を締結しなかつたということができ、被告大成火災は本件保険契約(一)を錯誤に基づいて締結したものである。

ところで、被告大成火災の右錯誤は動機の錯誤であるので、その動機、即ち右限度額が存在し、これに本件保険契約が抵触しないことが契約時表示されていることを要するところ、本件全証拠によつても、右動機が表示されていたとは認めるに足りない。なお、〈証拠〉によれば、原告は昭和五三年ころから交通事故による示談等の手続の代理を業としてきたことが認められ、これによれば、原告は保険についての知識をある程度は有していたことを推認できないではないものの、本件保険契約(一)が被告大成火災が内規で定める引受限度の定めに抵触するとまでの認識はなかつたというべきである。

以上によれば、被告大成火災の錯誤の主張は採用できないところである。

4  次に、被告富士火災との本件保険契約(二)についてみるに、前記認定のとおりその契約時、原告は、日本生命との生命保険、本件保険契約(一)及び(三)を各締結しており、これらによれば、入院保険金日額の合計が四万円、通院保険金日額の合計が一万五〇〇〇円となり、本件保険契約(二)を併せれば入院保険金日額は合計四万五〇〇〇円、通院日額は合計二万円となり、被告富士火災においても、保険引受限度額を定めていると認められるが、被告富士火災における保険引受限度額の内容はこれを具体的に明らかにする証拠はないので、同被告の本件保険契約(二)の締結が錯誤によるとまでは認定できないところである。なお、右限度額の定めが、被告大成火災の内規と同じである可能性はあるが、そうだとしても右限度額の存在が契約時原告に表示されたと認めるに足りる証拠はない。

従つて、被告富士火災の錯誤の主張は採用できない。

三詐欺

1  〈証拠〉によれば、次のとおり認めることができる。

(一)  原告には別紙一覧表に記載のとおりの保険金受領歴があり、昭和五二年一〇月から昭和五六年までの約四年間に七件の傷病又は事故により合計一四〇〇万円を超える保険金の給付を受けた。

(二)  原告には同一覧表備考欄に記載のとおり、二回の交通事故歴がある。そして、そのうち昭和五二年一〇月三日の事故は原告が駐車場内で軽四乗用自動車を運転して時速約一〇ないし一五キロメートルで後退中、右駐車場内に進入して来た小松美代運転の軽四乗用自動車と接触したもので、低速運転中の、しかも各車両には何ら損傷はない軽微なものであつたが、原告はこれにより負傷したとして一六六日間入院した。なお小松美代は右接触を争い、原告に対し債務不存在確認の訴を提起し、原告も反訴を提起したが、裁判所は右接触の有無を問うまでもなく原告はその車両の急制動により負傷したものと認定し、右事故と原告の負傷について相当因果関係がないとする小松美代の主張についてはこれを窺わせる証拠がないとして、原告の反訴を一部認容し、小松美代に対し金員の支払を命じた。

昭和五五年一二月二六日の事故(以下、「第二事故」という)は、原告がT字型三叉路から軽四乗用自動車を運転して右折しようとした際、直進道路を進行中の岡村青美運転の普通乗用自動車に側面から接触したもので、軽微な事故であつたが、原告はこれにより頭部頸部打撲、頸椎捻挫の病名で一四一日間入院した。

(三)  原告は、第二事故による負傷により後遺障害が生じたとして、昭和五六年一〇月一三日症状固定による後遺障害一四級の認定を受け、自賠責保険から七五万円の保険金を受領したが、原告は右症状固定時頭痛、目まい、耳なり、頸部強直、握力低下、左右上肢しびれ感等を訴えていたにもかかわらず、約三か月後の本件事故前にはこれらの症状は全く存在しなかつた。一〇か月以上入通院したうえ生じた頸椎捻挫による後遺障害が症状固定後三か月程度の短期間で完治するとは考えられないところ、現に本件事故前には右後遺障害は存在しなかつたとすれば、右症状固定時における原告の愁訴は、それらの症状がないのにこれあるかのように偽つていたといわざるを得ない。

(四)  そして、原告は、右第二事故による治療中に本件保険契約(三)を締結し、その間も交通事故示談代行を業としていたうえ、右症状固定日の前日に被告大成火災の代理店田川一栄方に赴いて本件保険契約(一)を、その一〇日後本件保険契約(二)を、その六日後共栄火災との間で前記交通事故傷害保険契約を締結したものである。

以上のとおり認めることができ、これらを覆すに足りる証拠はない。

そこで、本件各保険契約について個別に検討する。

2(一)  まず、被告大成火災との本件保険契約(一)及び被告富士火災との本件保険契約(二)について検討する。

前記認定事実に〈証拠〉を総合すれば、原告は、右各保険契約締結時、別紙一覧表(一)ないし(七)記載の保険金受領歴があり(但し、(七)については一部)、また本件保険契約(一)の締結時においては前記第二事故による負傷で藤原病院で治療中であつたが、右各保険においては、過去三年間に、傷害保険金五万円以上を受領又は請求したこと、他の同種保険契約の存否を保険契約者の告知を要する事項としており、本件保険契約(一)においては更に過去における病気又は身体障害の有無を保険契約者の告知を要する事項としており、各保険申込書にはその記載欄が存在し、原告は前述のように示談の代理を業とし、保険に関する知識も相当有していたうえ、本件各保険契約の締結時には右申込書に押印しており、かつその控えを受領したはずであるから、原告は右各事項について告知義務があることを知つていたにもかかわらず、本件保険契約(一)の締結時、右告知義務ある第一火災海上保険相互会社(以下、「第一火災」という)とのマルマル交通傷害保険により昭和五六年九月一八日七八万円を受領したとの事実、前記第二事故による受傷の事実を告知せず、本件保険契約(二)の締結の際には、右第一火災からの保険金受領、同種の保険契約である本件保険契約(一)を締結したことを告知しなかつたと認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は右マルマル交通傷害保険による保険金の受領及び他の同種保険の存在については保険会社の契約担当者からその存否を質問されず、また告知義務あることを知らなかつた旨述べるところであるが、本件保険契約(二)の締結時において告知義務あることを知らなかつたとの点は措信できず、右義務あることを知つていた以上、契約担当者から質問されなくても右義務を免れることはできない。

以上を総合して検討するに、原告の保険金受領歴は著しく多く、かつ多額であるうえ、二回の交通事故による入通院は事故が軽微であつたにもかかわらず著しく長期に及んでおり、第二事故による後遺障害の認定は原告の偽りの愁訴によるものといわざるを得ず、本件保険契約(一)は右後遺障害の症状固定の診断を受ける前日に締結したものであり、その一〇日後に本件保険契約(二)、その六日後に共栄火災との交通事故傷害保険契約と短期間に多額の保険金を目的とする傷害保険契約を締結し、しかもその締結は告知義務に違反してなされたものであるところ、これらによれば、原告には本件保険契約(一)及び(二)の締結時、保険期間中に交通事故に遭つた場合負傷を詐るなどして不正に保険金の支払を受けようとする意図があつたと推認することができる。

以上によれば、原告は右のとおり不正に保険金の支払を受けようとする意図を有して、これを秘し、本件保険契約(一)の締結に際しては告知義務ある保険金受領歴、交通事故による負傷の存在、本件保険契約(二)の締結に際しては右保険金受領歴、同種保険である本件保険契約(一)の締結を告知せずに、本件保険契約(一)、(二)の締結をしたもので、被告大成火災及び同富士火災は右についていずれも存在しないものと誤信して各締結に至つたものであるから本件保険契約(一)及び(二)はいずれも原告の詐欺によるものということができる。

(二)  〈証拠〉によれば、本件保険契約(一)及び(二)には、保険者が詐欺をなしたときは保険契約は無効とする旨の約定が存することを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はないが、右約定の趣旨は右詐欺の場合保険契約者は何らの意思表示を要さず、契約時に遡つてその効力を失わしめる趣旨であり、民法上詐欺による意思表示は取消しうるとされているけれども、右約定はその効力を強化したもので、かかる約定も有効なものということができるから、本件保険契約(一)及び(二)はいずれもその効力を有しないものといわなければならない。

してみれば、被告大成火災及び同富士火災はそれぞれ本件保険契約(一)又は(二)による保険金の支払義務を負わないところである。

3  次に、被告興亜火災との本件保険契約(三)の締結について検討する。

〈証拠〉を総合すれば、原告は本件保険契約(三)を締結した昭和五六年七月二六日の時点において、別紙一覧表(一)ないし(六)記載の保険金受領歴があり、前記第二事故による通院治療中であり、日本生命との間に傷害特約付の生命保険契約を締結していたにもかかわらず、これらの事実を告知しなかつたことを認めることができるが、他方、〈証拠〉によれば、本件保険契約(三)はいわゆる搭乗者傷害保険であつて、傷害保険の一種ではあるものの、俗に上積保険という自家用自動車保険として対人賠償保険、対物賠償保険等と組合された保険であり、搭乗者傷害保険の保険金額は対人賠償保険の金額に応じて一率に定められており、右自家用自動車保険としては対人対物賠償を主眼に置いた保険であるといえるところ、原告は本件保険契約(三)を上積保険として車両販売店を通じて契約したものであると認められ、これを覆すに足りる証拠はない。また、右各証拠によれば、保険金受領歴、事故歴、同一の被保険車両に関する以外の他の保険契約についてはいずれも保険契約者の告知義務ある事項とされていないうえ、右締結の際、被告興亜火災の契約担当者又は代理店においてこれらの点を質問したことはないと認められる。

以上に、本件保険契約の際には、原告が締結していた保険は他には前記生命保険のみであつたし、本件保険契約(一)締結の時期より約二か月以上前のことであることを併せ考慮すれば、前記認定の各事実があつたとしても、本件契約締結時に原告に将来交通事故に遭つた場合には負傷がなくても入通院して保険金の給付を受ける目的があつたとは認めるに足りないし、また、前記各不告知についてもその告知義務がない以上これをもつて欺罔行為ということもできないから、本件保険契約(三)の締結は詐欺による契約とはいえないところである。

従つて、被告興亜火災の詐欺の主張は採用できない。

四公序良俗違反

被告興亜火災は、本件保険契約(三)について契約後近い将来軽微な交通事故にでも遭つたなら負傷がなくても入通院保険金を請求することを目的としてなされたもので、著しく信義誠実の原則に反し、反社会的であるので公序良俗に反すると主張するが、前述のように、原告に本件保険契約(三)の締結時被告主張の右目的があつたとは認められず、他に本件保険契約(三)の締結を公序良俗に反するとする事情も認められないので、被告興亜火災の右主張は採用できない。

五告知義務違反

被告興亜火災は、本件保険契約(三)には過去の保険事故歴、保険金受領歴、現病歴、他の保険契約締結の事実等を告知すべき義務があつたのに原告はその告知をしなかつた旨主張するところ、〈証拠〉によれば、自家用自動車普通保険約款では、保険契約者は保険申込書の記載事項について告知すべき旨定めている。ところで、商法第六六四条第一項は「重要なる事実」又は「重要なる事項」について保険契約者の告知義務を定め、右告知事項については講学上危険測定上重要な事項といわれているが、右保険約款は右告知事項を限定したものというべきところ、本件保険契約(三)の保険申込書(乙第六号証)には過去の保険事故歴、保険金受領歴、現病歴、他の保険契約の締結については記載欄が設けられている訳ではないから、これらの事項について保険契約者に告知義務があるとはいえないところであり、被告興亜火災の右主張は採用できないところである。

六通知義務違反

被告興亜火災は、本件保険契約(三)には契約後保険契約者が他の同種保険契約を締結するときはその旨の通知をしなければならない旨の約定があるのに原告はこれを怠つた旨主張するところ、〈証拠〉によれば、自家用自動車普通保険約款第6章一般条項第4条第(5)号には、他の保険契約等の締結を通知すべき旨定められていることが認められる。しかし、〈証拠〉には「ご契約締結後ご注意いただきたいこと」の欄があり、これは保険約款を具体的に分かり易く記載したものであるところ、これには保険契約者の通知義務としては「ご契約の車に他の保険契約(共済契約を含みます)を締結するとき」と記載されており、傷害保険は通知を要する事項として掲げられていないことからすれば、右他の保険契約とは同一自動車について締結される自動車保険を意味するもので、傷害保険は含まないというべきである。

そこで、原告に右通知義務違反があつたか否かをみるに、原告が本件保険契約(三)の被保険自動車について他の保険契約を締結した事実は認められないから、原告には右通知義務違反は認められないというべきであり、被告興亜火災の通知義務違反による解除の主張は採用できない。

七他覚的所見不存在による免責

被告興亜火災は本件保険契約(三)には頸部症候群(いわゆるむち打ち症)で他覚症状のないものには保険金の支払をしない旨の定めがある旨主張するが、右約定を認めるに足りる証拠はない。

八事故及び損害

原告が昭和五七年一月二八日午後八時三〇分ころ髙知県南国市東崎一四一一番地先路上において自動車を運転中、溝渕信彦運転自動車と衝突したことは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、原告は、外傷性頸椎症の症病名で同月三〇日から同年二月二日まで四日間通院治療を、同月三日から同年四月三〇日まで八七日間入院治療を、同年五月一日から同年七月七日まで六八日間通院治療をいずれも伊藤整形外科医院において受けたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

ところで、被告興亜火災は右事故による原告の負傷を争うので更に検討する。

〈証拠〉によれば、次のとおり認めることができる。

番号

病院名

傷病名

入院期間

(昭和年月日)

通院期間

(昭和年月日)

支払保険金

支払会社

備考

(一)

尾碕外科

胃腸科

腰部挫傷

第四腰椎骨折

自五二・一〇・六

至五三・三・二〇

一六六日間

一四二万八八三七円

日動火災

昭和五二年一〇月三日

高知市一宮所在スーパーマーケット

「主婦の店」駐車場において小松美代運転車両と接触事故。

小松美代運転車両の保険による。

四九万八〇〇〇円

第一火災

海上保険

相互会社

原告加入の搭乗者傷害保険による。

昭和五三年一一月三〇日一九万八〇〇〇円、昭和五五年九月一一日三〇万円各支払

一八〇万〇〇〇〇円

日本生命

(二)

同右

胃炎

自五三・二・三

至五三・三・二〇

四六日間

六九万〇〇〇〇円

同右

前項事故による入院中に発病加療

(三)

千屋崎病院

パーキンソン氏病

自五三・七・三一

至五三・一二・四

一二七日間

一八〇万〇〇〇〇円

同右

(四)

樫谷病院

動脈硬化症

自五四・一・二九

至五四・六・四

一二七日間

一八〇万〇〇〇〇円

同右

(五)

塩瀬耳鼻科

急性副鼻腔炎

自五四・七・一六

至五四・八・一一

二七日間

四〇万五〇〇〇円

同右

(六)

樫谷病院

肝障害 頸肩腕症候群

自五五・二・一八

至五五・六・二〇

一二四日間

一二〇万〇〇〇〇円

同右

(七)

藤原病院

頭部頸部打撲、

頸椎捻挫

自五五・一二・二八

至五六・五・一七

一四一日間

五五・一二・二七

自五六・五・一八

至五六・一〇・一五

実日数二二日

一九五万〇〇〇〇円

共栄火災海上保険相互会社

昭和五五年一二月二六日高知県南国市

篠原一七七八―二先路上において岡村青美運転車両と衝突事故。

七八万七五〇〇円

第一火災海上保険相互会社

マルマル交通傷害保険、昭和五六年九月一八日支払

一八〇万〇〇〇〇円

日本生命

(一)  本件事故は、原告が本件保険契約(三)の被保険車両を運転して前記事故現場の道路を時速約三〇キロメートルで東進中、該道路南側の駐車場北出口から溝渕信彦運転の普通乗用自動車が該道路へ突然進出してきたため、原告運転車両の右前部と右溝渕信彦運転車両の左前部とが衝突したものであるところ、右溝渕信彦は右駐車場の出口で一時停止のうえ時速三ないし五キロメートルの低速で進出してきたものであり、原告は約七・五メートル手前でこれに気付いて急制動したため、衝突時の両車両の速度はいずれも低速であつた。右溝渕信彦の車両は衝突により約〇・七メートル移動しているが、右衝突は追突のような不意なものではないうえ、前部が衝突したものであるから、運転者は衝突前に防御体勢をとることができたはずであり、身体に加つた衝撃は軽度なものであつたといえる。

なお、衝突による物損は双方の車両のバンパー等に若干の凹損が生じ、原告はその損害について一二万二四三〇円の損害金を受領している。

(二)  右事故直後は、原告は何の痛みも感じず、事故は一旦は物損事故として処理されたものの、原告は右事故の翌々日から項部痛、頭痛を訴え伊藤整形外科医院において連日診療を受け、昭和五七年二月三日から同医院に入院するに至つた。

しかしながら、右入院時、原告は頭痛、項部痛、嘔吐感を訴えていたものの、椎間腔圧迫テスト及び反射テストに異常は認められず、レントゲン写真による検査においても異常なく、頸部運動障害もなく、他覚的な所見は何ら存在しなかつたもので、右入院は、原告が右頭痛等を連日訴えて来院したため、医師伊藤篤において安静目的で指示したものである。

(三)  原告は入院当初は頭痛等を訴えていたものの、同月一一日には外出しており、同月一三日から同月一六日までは特に愁訴はなく、その後頭頸部等の痛み等を訴えるようになつているが、看護記録によく動き回る人だと書かれているように入院態度はよくなく、その後検温時ころのみ在室する有様となり、入院後半は外泊もよくした。同年三月五日以降は症状について愁訴のない日が多い。そして、治療については、ノイロトロピンの注射が数回あるもののその主たるものは頸椎牽引と湿布にすぎない。

なお、同年三月五日のレントゲン写真では頸椎の前彎消失が見られたが、これは同年一月三〇日レントゲン写真では見られず、また、頸椎捻挫に前彎消失が必ず現われるというものではない。

また、原告は、同年二月二二日ころ胸部痛を訴えたが、同医院において胸部のレントゲン写真を撮影したが、何らの異常も認められず、治療もされていない。

以上のとおり認められ、これに反する原告本人尋問(第一、第二回)における供述部分はいずれも採用せず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

右のとおり、本件事故により原告の身体に加つた衝撃は、軽度で、事故当時は何ら負傷はないものと処理されていたもので、その後訴える負傷については当初から他覚的所見は存在しないにもかかわらず、原告は長期の入通院をしているものであるが、これらの各事実に、前記認定の、第二事故により藤原病院に入院した際、存在しない症状を訴えて後遺障害の認定を受け、これによる保険金の給付を受けたこと、本件保険契約(一)及び(二)の締結の際、事故に遭つた際負傷を詐るなどして不正に保険金の給付を受ける意図を有していたこと、本件事故による入院は右各保険契約の締結から約三か月後のものであることを総合して考慮するならば、原告が本件事故によつて頸椎捻挫の傷害を負つたとは認め難いところというべきである。

してみれば、原告の伊藤整形外科医院における入通院は本件事故と因果関係なきものであるから、被告興亜火災は本件保険契約(三)に基づく保険金の支払をすべき義務はない。

九結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官松本哲泓)

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